午後の雨

らくがき未満

秋の終わり、あるいは島生活の終わりの始まり

雨予報に反して、晴れた秋の空だった。もうすぐ綺麗な夕日が見られるだろうが、私はあえて家に止まる選択をした。窓から傾いた陽がわずかに差し込んでくる。 島生活も、終わりが近づきつつある。私の頭の中に様々な情景が思い浮かぶ。それらは自分を交点とし…

人生の寄り道

礼文島から一日をかけて、名古屋に戻って来た。束の間の滞在だ。 本屋の中をぐるぐる周りながら、自分の考えの中に没入する。 消費社会の象徴を眺めながら、自分が相手にすべきものを思い出す。 自分にとって礼文島での2年間は、人生の寄り道であった。それ…

荒野のおおかみ

雨が降る中、家の中でヘルマンヘッセ『荒野のおおかみ』を読了した。 今の自分にとって、質の良い文学や芸術は、日常生活から束の間の自由を錯覚させる麻薬のようなものだった。 この2年ほど、日常生活、事務室の規則的なチャイムの音に魂を売り渡すことで今…

生活と人生、あるいはボケとツッコミ

日曜日の昼下がりに、いつもより丁寧にコーヒーを淹れる。開封したばかりの新鮮な豆をミルで挽くと、匂いが広がる。 島の食材を食べ、登山をして、夜にヘルマンヘッセの「荒野のおおかみ」を読む。私の生活は満ち足りたものであるように思えた。 お笑いには…

「桃岩荘」に泊まって感じたこと

礼文島には、「桃岩荘」というユースホステルがある。「日本3大バカユース」と言われており、その歴史は古く、全国的な知名度は高い。 「桃岩荘」は礼文島に住んでいても近寄りがたい存在だ。桃岩荘はただのユースホステルではなく、独特の文化を持っている…

「疎外」

見たくないものを見てしまう。 目をそらしていたものに反逆される。 抑圧していた心の声。 自由に動き回る精神。 欲求が、真理を求めて飛び跳ねる。 本当のこと。嘘を溶かした、むき出しの実存。 丸い真実に、四角い蓋をされた社会。 自分からどんどん離れて…

黒い海

月が綺麗な夜に、黒い海に溺れそうになる。 方向感覚など、とうの昔に失っている。 もがけばもがくほど、泡が出るばかりである。 暗闇に沈む。 しかし、一筋の光が見える。 自らの確信。根拠のない、強烈な光。 そう、心の声を聞くのだ。

稚内

稚内に着いた。日本最北端であるこの街につくと、もの哀しい気分になる。人口3万人の港街で、果てしない孤独を感じる。 今、古びたホテルの一室で、ジャズを聴きながらこの文章を書いている。眠気をこらえながら、何を書きたかったのかと記憶を巡らす。 気分…

東京

「自分は何者なのか?」 馬鹿げた問いの立て方だと思う。しかし、問いかけが頭から離れない。 自分は島で生活に埋没していた。それは退屈でも、都会に帰ってから思い出せばとてもキラキラと輝いていた。島で炭に火をつけていたことなど嘘のように、すました…

土曜の昼下がり

華金を終えて、土曜日の正午近くに目がさめる。 窓を開けて、空が青いことを確認する。 電気もつけないまま、ソファに座り、IPAの瓶を開ける。ビールの味が、舌を通して心地良い憂鬱感と溶け合う。 ベッドの上に再び寝転ぶ。平日の倦怠感を未だに引きずって…

午後の雨

雨が降ってきた。私はジャズを聴きながら、紅茶を手元に置いてゆっくりと本のページを繰っていた。曲の合間にかすかに屋根に当たる雨の音が聞こえてくる。 本を閉じると、目の前に現れたのは礼文島だった。もうすぐ5月。礼文島は観光シーズン本番へと突入し…

自分の中の神話

少し、自分の過去を振り返ってみようと思う。 自分は、記憶の中にひとつの神話を持っている。それは20歳のときの話だ。 大学3年の当時、軍靴ならぬ就活の足音が聞こえてきたころの話。 20歳になった私は、はじめて自分の死、自分の社会的役割、そして人生の…

「生きづらさ」の正体

生きづらい。ひとりの若者として、漠然とそんなことを感じていた。私だけではない。街を歩けば、テレビをつければ、SNSをのぞけば、そこには「生きづらさ」の言説が溢れている。しかし、それはなぜだろう?私は、ずっとその正体について漠然と考えて来た。 …

戦争について、最近思ったこと

朝鮮半島関連の最近のニュースを見て、なんとなく思ったことを書き留める。 今、ニュースなどで、「北朝鮮に向かってアメリカが先制攻撃する」「朝鮮半島で戦争が起きる」などと煽られている。ネットニュースにつけられたコメント欄にも、戦争への願望で溢れ…

礼文島

礼文島暮らしも今日で一年が経過した。 今日一日は、東京から遊びに来た大学の同級生をフェリーターミナルへ送り届けるところからはじまった。そして仕事を終えた今、特に予定のない私は、Roy Hargroveのstrasbourg st. denisを聴きながら家でひとりビールの…

雪山を歩くと...

先週、雪山を登っていたときのことだ。私は前を歩いていたアメリカ人の後ろについていた。もともとはそんなに難しくないはずのコースだったのが、一昨年の大嵐の倒木のせいで、迂回せざるをえなかった。そして、彼は急な角度の崖のような場所を登り始めた。…

島にいた夢

2016年が終わった。私にとってはあっという間だった。 まるで、島にいたという長い夢を見ていたようだ。帰省した都会の空気は汚く、情報は多く、住み慣れたはずの街に強い違和感を抱いている。 島の生活、島の人々の価値観に同化したわけでも、賛同したわけ…

稚内

長い12月も終わりに近づいている。私は今、礼文島での仕事を納め、実家に帰るために稚内のホテルに滞在している(稚内には空港がある)。気がつけばもう、3ヶ月以上島を出ていなかった。 ホテルへ向かう途中、久々に乗るタクシーに戸惑った。金を払ってサー…

23歳の終わり

今日も、礼文島には雪が降っている。11月としては異例の寒さであるらしい。最高気温がマイナス10度を下回ることもあった。 11月が始まるとき、隣の家に住んでいるおばあさんが「11月は一番嫌いだ」とぼやいていた。寒いし、薄暗い。12月以降の雪が降ってしま…

美術館のない島で

大人になった少年は、淡い美の光を求めてどこまでも走り続けていた。彼はかつて世界中の美術館を巡った後、都会を飛び出して島に移り住んだのだ。 彼の突飛な行動を、あざ笑っている人もいた。以前の彼が持っていた地位や名誉を羨んでいた人間たちは、いなく…

食べる礼文

礼文島に住んで半年が過ぎた。最近、料理をはじめた。島に食べるところがあまりにも少ないが故だ。自炊記録をつけるために、新しいブログを立ち上げた。 cookingrebun.hatenablog.com ぜひこちらもチェックしてほしい。

初雪、朝の薄明光線、ミイラ

礼文はもう雪が降っている。現在の気温は3度だ。朝、出勤している時、利尻山に薄明光線が降り注いでいた。厚い雲の端から光が差している光景は、この世のものとは思えない。 ハロウィンにちなんで、今日はミイラの格好をして子供にお菓子をあげていた。 華や…

人生は音楽とともに

小学校の学芸会練習も佳境に入ってきた。島に来て、子供たちの歌に合わせてピアノを弾く生活ももう少しで終わりだ。 仕事の合間に、カフェでマスターと話をする。「人生、どこで妥協できるかが大事」。70歳を過ぎた彼は言う。「まだまだ妥協はできません」…

天使の梯子 "Jacob's ladder"

礼文島は寒い。今日の最高気温は7度だ。日没は早く、日の出は遅い。ついに冬の気配が忍び寄ってきたのだ。 そんなわけで、この連休も家を出ることがなく、ストーブの前でじっとしていた。しかしせっかく礼文にいるのだからと思って、スカイ岬まで車を出して…

秋の礼文島、あるいは満天の星空

子供たちとの学芸会の練習を終えて、家に帰ってきた。学芸会では、ピアノ伴奏を引き受けていた。車を降りると、あまりにも星空がきれいだったので、再び車に乗って澄海(すかい)岬までドライブした。 岬のベンチに寝転がって空を眺めた。見渡す限り満天の星…

礼文島と東京を往き来して感じたこと(2)

(写真は久種湖) 東京から礼文島に帰ってきて1日が経った。島はすっかり晴れた日の秋で、2週間前の大雨が嘘のようだ。今日はウニを貰った。頭の中には、未だ東京の喧騒が残っている。 都市や地方、島などの土地は女性のようだと最近思った。東京はおしゃ…

礼文島と東京を往き来して感じたこと

東京滞在を終えて礼文島に帰ってきた。私は島の澄んだ空気と夕焼け、そして秋の静けさに迎えられた。半年間島に住んでみて東京に帰ると、東京の良いところをいくつも発見した。 内面的な自由。東京は、内面の自由が尊重されやすい。また、どのような生き方を…

障害者問題について23歳が考えてみる

久々に考え事をしたので、書き留めておく。 最近、身近な人が会社を辞めた。「発達障害」「ADHD」だったそうだ。病院で診断されるまで、自分がそうであるということ自体、彼/彼女は知らなかったらしい。彼/彼女は、診断時に障害者手帳を取得し、今後はその枠…

礼文島、低気圧

朝6時半、町内放送を知らせるチャイムで目を覚めた。「本日は低気圧のため、フェリーが欠航です」。低気圧の影響で、海が大時化なのだ。ここ2週間ほど、低気圧による大雨が続いていた。お隣利尻島では「50年に一度」の大雨、稚内にも避難勧告が出ている。私…

礼文島の夏の終わり

礼文島の華やかな夏はあっという間に過ぎ去り、気がつけば秋の空模様だ。あれほど多かった観光客の姿も減り、島の一番の特産物であるウニ漁もほぼ終わった。 夏の間、島の人たちはここぞとばかりに一生懸命働く。一番のかき入れ時なのだ。夏の間は、島じゅう…