午後の雨 / Rain in the Afternoon

らくがき未満 / less than sketches

10年前の自分へ

やあ、元気かい。君はもうすぐ20歳になろうとしているね。君はまだ大学2年生で、楽しさのまっただなかにあると思う。わたしは、君を励ましたいと思ってこの文章を書いている。友達と遊んだり、バンドをしたりしていて、なんで励まし?なんて思うかもしれないけれど。だから、この文章は、どっちかというと、今の自分自身のために書いているものなのかもしれない。君はこんなアドバイスまっぴらごめんだと思うだろう。

 

君は、これから先に来るとてつもない苦しみや、楽しさをまだ知らない。君はこれから、思ったよりもずっとずっと大変な目に遭うことだろう。傷つくことも、耐えられないようなストレスもたくさんある。だけれど、悲観することはない。君はこれから、常に目の前のことに全力で取り組み、悶え苦しみながらも自分の道を切り開くことになる。絶望の底に落とされることも、真っ黒い海に突き落とされて溺れてしまうことも何度となくある。ときには、ただ黙ってやり過ごすしかないときもある。青春の航海はいつも波乱に満ちているからね。しかし、だからこそ月の美しさもまた知ることになるし、人の傷にも寄り添えるような優しい人間になれる。今君が知らないような人生の深い深い真理もまた垣間見ることができると思う。

 

20歳のときにわたしは精神的な危機に陥り、バラバラになった自分自身を再構築する過程で小説を書いた。そのときは、もしもこの先何年か後に、自分がぐらつくことがあったときにこれを読み返してほしいと願って文章を書いた。死の淵から生還した様を文章に封じ込めた。

 

実際に手をとって読み返すことはほとんどなかったけれど、そのとき書いた小説は確実に29歳のわたしのもとに届いているよ。あのとき、死の淵のギリギリまで行ったけれど、わたしは形而上学的な死の誘惑に打ち勝った。永遠の美しい世界よりも、泥に塗れたつまらない現実の日常を生き抜くことを選んだんだ。ギリギリのところで生の世界に踏みとどまったことは、本当に良かったと思う。それがわたしの人生なんだと、今でもそう思っている。

 

今宵は満月だ。中秋の名月、今わたしは君がまだ知らない、最高の恋人と一緒にいる。真夜中にふたりで月を見ていたら、月もまた自分を見ていることに気がついた。月は言った、君たちふたりで一緒に生きていけと。わたしはその言葉を信じる。わたしの頭のてっぺんから爪先の下まで愛してくれる彼女を。そして、わたしもまた、おなじくらい彼女のことを愛している。

 

わたしの20代はもうすぐ終わる。もしかしたら青春もそのうち終わるのかもしれない。けれどわたしは先に行く。ひとりぼっちは辛いけれど、ふたりぼっちはきっと辛くない。だから君は、どうか月の光、いや自分自身を信じて、安心して眠ってほしい。トンネルの先には必ず素晴らしい出口が待っていると信じて、幸せを掴むことを恐れずに、生きていってほしい。