午後の雨 / Rain in the Afternoon

らくがき未満 / less than sketches

食べる(3)

最近、自分のなかに起きている変化を記録する。

 

数ヶ月前、自分は能動態と受動態の間にあったという「中動態」から展開された國分の議論にはまっていた。國分によれば、「中動態」とはカツアゲされたときにお金を出すという行為である。お金を出したのは自分だが、脅されて出したのでそれは100%自分の意思ではない。脅されていなければ、そもそもお金を出すことはなかったのだから、お金を出した原因は脅されたことである。そのとき、お金を出した人の「責任」はどれほどのものか?この問いが、数ヶ月間わたしを悩ませていた。というのも、わたしはまさしく「カツアゲ」された状態のように自身を(無意識的に)捉えていたからだ。

 

そうした、中動態的な自己認識は、(今だからわかるのだが)必然的に他責と結びついていた。お金を出したのはカツアゲされたからであり、わたし自身の意思ではない。だから、カツアゲしてきたあいつが悪いのであり、わたし自身は被害者なのだと。この社会で生きていくこともすべて、自分ではない何者かが悪いのであり、自身は被害者だという自己認識が強かった。

 

そうしてある日、アクティブ・イマジネーションというユング派の手法によりわたしの意識と無意識を探ったところ、化物のカツアゲにあっている小さい男の子の心像を見てしまった。心のどこかにある教会で、小さな男の子が、巨大な化物に延々と虐待されているところを目撃してしまった。

 

以来、この化物から離れたいという欲求を無視することができなくなってきた。わたしは男の子をとりあえず救い出すため、悪魔祓いに扮して化物を十字架と呪文で封印した。化物を壁にくくりつけているあいだに、男の子は成長し、少年になった。こうした内的な経験をしているあいだ、外的な状況では、わたしは食べることに精一杯になっていた。そして、事態はどんどん悪化していった。なにかしらの対決を迫られていた。それが年末年始の儀式、すなわち、カレンダーというクロノスと、一年の死と次なる一年の再生の儀式というカイロスが一致する日に重なったのである。

 

年末年始といえば帰省だが、わたしは生まれて初めて地元に帰らなかった。化物に影響を与えていたのが、その教会にあった聖母マリア像、すなわちグレートマザーの元型であると感じていたからだ。このような、自身の精神の外枠が脆い状況で、実家に帰りたくなかったのである。実家に帰らないと言ったら母親は怒るだろうと思ったが、案外すんなり受け入れられた。そして、わたしは大阪で自分が選んだ恋人と、自分たちが稼いだ金で年を越した。

 

こうした内的経験を経て、自分のなかであることが変化したことに気づいた。それは、自分の人生の責任についてのスタンスである。以前は、生まれたのは自分が選んだわけではないし、自分の人生の理不尽さはすべて他人のせいであり、自分は搾取される存在で、それらの不平等は到底受け入れられるものではないと思っていた。しかし、それらがたとえ自分のせいではないとしても、すべて自分の責任として受け入れることでしか、前に進められないことに気がついた。それは結局、自責と他責のどちらが正しいかではなく、そちらのほうが得であるという合理的な計算が根拠になっている。

 

この大きな気づきの背後にあるのは、中動態から能動態への変化である。わたしは、地元に帰らなかったことで、地元というグレートマザーからある程度離れることができた。中動態的な状態から逃れる方法を、思いついたのだ。突きつけられた不本意な選択肢を拒絶する、ことである。カツアゲされ、金を出せと脅されたときに唯一発揮できる自由意志、それは、その要求を拒否することである。拒否することで、カツアゲの無限ループから逃れることができた。わたしは、(一時的であれ)長いものに巻かれることから逃れ、自身の主体性を回復した。