午後の雨 / Rain in the Afternoon

らくがき未満 / less than sketches

落書き

23時半を回って、相変わらず私はウイスキーを飲んでいる。

夜中の闇に誘われるように、過去の記憶へと浸る。

 

5年前、学部の卒業式の日、三田キャンパスの誰もいない教室に落書きをした。他愛もない、「慶應義塾大学2014年度卒業」と。そう書き残して私たちは教室を去った。

 

死すべき運命(motal)にある自分がやっていることは、世界の片隅への落書きなのかもしれない。この記事を書いている2020年5月21日23時41分という時間、あるいは私のせいぜい何十年かの人生の時間も、無限と見紛うほど途方もなく長い宇宙の時間の中ではほんのわずかな、ほんのわずかな時間である。あるいは何億人という人間、無数の生命、数え切れないくらいの星々のなかで自分が占めるのは、ほんのわずかな空間である。そんな時間的・空間的にもほんのわずかな場所を占める自分ができることは、この世に対する落書きなのだ。

 

私が生きた記憶は、私の終わりとともに消える。しかし存在が消滅してしばらくの間、私が影響を与えた他の人々、私が変形させた環境は残る。だがそれらも、やがては消えゆく運命にある。ちょうど、教室に残した落書きのように。