午後のまどろみ

らくがき未満 / less than sketches

「春は必ず来る」

礼文島に移住した年の冬、薄暗く、風が強く、毎日雪かきをする長い長い厳しい冬、私はすっかり疲れ切っていた。太平洋側で日光に浴びて育った私に、日本海側にある島の冬はあまりに厳しかった。そんな中よく行くカフェがあったのだが、あるときそこのマスターに愚痴をこぼすと、彼は「春は必ず来る」と私に言ったのだ。昔の写真を見た限りでは彼は顔が非常に整っていたようだが、70をすぎた今ではすっかり頭が禿げていた。「春は必ず来る」、そう力強く言っていた彼の頭は光り輝いていた。

 

私には、彼のこの言葉、島の冬の経験が非常に印象に残っている。明けない冬はない。どんなに薄暗く厳しくとも、雪は必ず溶ける。そして実際、春はやってきた。あれほど春を喜んだことは人生で一度もなかった。

 

今も、どん底の日々が続いている。しかし、うっすらと春の兆しも見える。心理学者ヴィクトール・フランクルの有名な本『夜と霧』では、自身も含めてナチスの収容所から生き残れた人々の生き延びた理由として「希望」を挙げていた。真っ暗な日々でも、長くは続かない。思うのだが、真っ暗な人生の暗闇を経験した人間にしか、強烈な光は見えないのではないだろうか。そう強く思うし、だからこそ、今までのことを首肯できる。

 

宮崎駿は、漫画版のナウシカで「いのちは闇の中でまたたく光だ」と言っていたらしい*1。本当にそのとおりだと思う。私は常に暗闇の中をさまよっている。常に光を探しながら。さながらひまわりのように。

 

生きること。それだけは放棄したくない。

 

引用文献

夜と霧 新版

夜と霧 新版

 

 

風の谷のナウシカ 全7巻箱入りセット「トルメキア戦役バージョン」

風の谷のナウシカ 全7巻箱入りセット「トルメキア戦役バージョン」

 

 

ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐

ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐

 

 

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)

 

*1:漫画版ナウシカは、本当に第一級の芸術作品であるので、時間があれば一度読んでほしい。ニーチェツァラトゥストラに十二分に匹敵すると私は考えている。ただこのセリフがあったことは日本文化研究者スーザン・ネイピアの『ミヤザキワールド』で知った。