午後のまどろみ

らくがき未満 / less than sketches

礼文島

久々に、スコトン岬のカフェに来てパソコンを開いた。相変わらず、目の前の岬に観光客が定期的にバスで運ばれてくる。今日スコトン岬に来た人たちは気の毒だと思う。今日の礼文島は濃い霧の中にあり、景色など全く見えない。パンフレットなどに掲載された青を期待した人々が今日出会うのは、ただただ白い景色である(現地の人々は「ガスる」という)。岬をバックに記念撮影するように置かれたカメラもひな壇も、全く意味をなさない。人工物を見に行くのとは違い、自然を見るとき、最も重要なのは天気である。

 

先日積丹半島に行ったとき、「積丹ブルー」を見ることができなかった。曇っていたからだ。天気によって、同じ場所でも全く異なった印象を与える。ちょうど、自分の気分や感情によって、見える景色が全く変わってしまうように。

 

 

礼文島に来て、4ヶ月が過ぎた。こちらの夏はとても過ごしやすい。そろそろ、礼文島の次はどこへ行こうかと頭の片隅で考える。

 

どこまでも自由に、流されるように生きたい。しかし現実の重みは、どうやら当分の間私にそれを許さないようだ。特にこれといってスキルの無い平凡な私は、ただぼんやりと霧を眺めて、それを自らの人生に重ね合わせる安直な誘惑としばらく闘っていた。

 

礼文島まとめ:

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札幌

礼文島から都会に帰った瞬間、今までの生活をふと思い出す。

 

礼文島から利尻島へ渡り、寿司を食べ、利尻空港から札幌へ飛んだ。飛行機で雲の上へ上がるたびに自分自身を振り返る。今まで保留にしていた、「これからどう生きていくのか」という重大な問いかけが姿を表す。都会の物理法則が田舎で通じないのと同様、田舎の物理法則は都会では通じない。

 

あてもなく札幌をさまよい、カフェで目的もなく時間を潰す。北海道大学のキャンパスを歩いて、学生を横目に、大学図書館とカフェと家の往復だった自分のニート生活を思い出す。

 

都会は情報過多だ。島暮らしに慣れていると、人の多さに参ってしまう。なぜこんなに狭いところに人が密集しているのか理解に苦しむ。自分自身も数ヶ月前は東京に住んでいたことなどすっかり忘れている。自分は何をしたいのか、どう生きればよいのか、まったくわからない。ただ今は、必死に礼文島での生活に食らいついていくしか無い。

 

 書評ブログやってます:

doogear.hatenablog.com

 

礼文島生活の豊かさ

 東京から日本放浪を経て、礼文島に移住してからちょうど3ヶ月が経った。その間少しずつ現地での人間関係も出来始め、隣の家のおばあさんに海産物や野菜のおすそ分けをされたり、カフェのマスターにボタンエビを頂いたりするようになった。

 

夏の礼文は最高だ。まず、涼しい。本州のような灼熱地獄はここには無い。緑は生い茂っている。映画を見たくなれば、シアタールームがあるアメリカ人の家へ遊びにいく。ここではすべては助け合いだ。おそらく、都会のように残金ゼロになった途端に路頭に迷い、冷たくあしらわれることはないだろう(実際経験したことがないからわからないが)。

 

都会でパニック障害や各種精神病を自称する人は、礼文の澄んだ自然に触れればあっという間に治ってしまうだろう。強迫症的な都会のバイオリズムと過剰な記号は、ここには無い。ウニなどの海産物は当たり前だがあまりにも美味い。

 

来週は、利尻空港から飛行機で札幌へ行き、そのまま小樽の友人宅へ向かう。短いバカンスだ。

 

礼文島生活のリアルを伝える移住ブログやってます↓

cookingrebun.hatenablog.com

 

夏の礼文島まとめ:

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旅と生活(2)

日本最北限、礼文島のスコトン岬にあるカフェに来るたび、なぜかブログの記事を書きたくなる。今日は雨がひどく、海は時化ている。

 

目の前では相変わらず、色とりどりのカッパをきたツアーの観光客が慌ただしくスコトン岬で写真を撮っては去って行く。なぜそこまでして、人は旅をしたがるのだろう。観光は今や一大産業で、経済のうちの大部分を占めている地域も数多い。

 

たかが数日の旅に、時に人は命をかける。旅や観光についての人の姿勢を見ていくと、その奥に潜む人の生活、そして人生についても迫ることができるのかもしれない。

 

自分は大学を出た後放浪して、礼文島で生活を始めたが、これが大多数が進む「正解」の道でないことは間違いない。大学を出て、私は自分の「自由」に戸惑った。今もそれを持て余しているが、少しずつその「自由」との折り合いもついてきた気がしないでもない。

 

少しでも景色から目をそらすと、観光客は消えてしまう。これからどこへいこうか。そんなことばかりを考えている。

 

旅と生活

相変わらず、礼文島のスコトン岬をぼんやりと眺めながら、カフェでコーヒーを飲んでいる。

窓から何時間も眺めていると、礼文島を訪れているツアー客が定期的にバスで下の方から運ばれ、岬の前で記念撮影をして、また帰っていく。彼らはみな楽しそうに、非日常を楽しんでいる。窓ガラスのこちら側にいる私は、礼文島の日常の中にいる。全く同じ場所に、ふたつの時間が重なり合う。

 

日常と非日常、旅と生活は切り離して考えるべきものかどうか、私にはわからない。しかし、切り離して考えることはできる。かつて、私は旅ばかりしていた。今思えば、生活が纏う「労苦」「倦怠」そして「責任」などから逃れたかったのだ。私はかもめのように「生活」のまわりを旋回し、そして最後、そこに帰らなければならないことを知った。結局、「生活」を受け入れるほかはなく、立ち向かうしか方法はない、と知るのに何年もかかった。地球の果て、アフリカの奥地まで逃げ込んでも、自分の「意識」は自分にくっついてくる。「最北の地」礼文島に来て改めて思ったが、そもそも、丸い地球に果てなどない。

 

気がつけば日は傾き、岬で子供達が遊んでいる。どうやら私が今、仕事で面倒を見ている地元の子供達と鉢合わせたようだ。

これからどうするのか。悩みは尽きない。

 

礼文島

様々な力に流し流され、礼文島に来てから3週間が過ぎた。

稚内からフェリーで上陸した日、4月であるにもかかわらず結構な雪が降っていたのは今でも記憶に深く刻まれている。

 

今、日本最北限の地、スコトン岬にあるカフェにいる。かかっている曲は、アジカンサカナクションエルレなど、私が高校時代に聞いていた曲ばかりだ。見た目からも察して、おそらくマスターは同年代なのだろう。目の前にはトド島、そして海が見える。かもめがゆっくり飛んでいる。私は海の全く見えない地域で育ったが、こちらに来て、毎日海の表情が違うことを知った。

 

日々は慌ただしく過ぎる。気がつけばGWだ。明後日再び東京へ行くが、きっとまた、島に行く前には気がつかなかった東京の素顔に気がつくのだろう。

この島は自然が美しすぎて、どんなカメラ初心者でもカメラマンにさせてくれる。そして、カメラでは目の前の自然の美しさの何百分の一も捉えられない。

 

これから観光の季節になるらしい。非常に楽しみだ。

名古屋

日本放浪を始めてからしばらく経った。その間、南は長崎、北は仙台まで各地を知人のつてをたどってあてもなく放浪していた。旅の途中に浜松のアート系NPOで働いたりもした。そして社会人になって1年が過ぎた4月から、仕事で北海道の礼文島に住むことになった。その間の1年、自分はすごく変わったのかもしれないし、全く変化していないのかも知れない。

 

日本中を旅しながら、去年の今頃アフリカはスーダンの奥地で出会った村の星空の意味を考え続けてきた。存在することそのものの意味、価値をいかに作品にして表現するのかが自分の課題だった。道中、日本は山と海、そして神話の国だと改めて感じた。世界中を放浪した後の日本旅は、毎日が新鮮で刺激的だった。

 

今日、名古屋城の夜桜を見て、私は名古屋に別れを告げた。この、自らの好奇心に素直に従う人生がいつまで続くのかはわからない。それでも私は再び冒険に出ようと思う。