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晴耕雨読

京都

今日の京都は、天気こそ良かったものの気圧が低く、案の定午後から曇り空に変わってきた。弟と四条の大丸へ行き、それから大学のカフェテリアに向かった。

 

最初、気圧の低さに逆らって活発に動き回ろうとしたが、苛々が募るばかりで、それは対応の悪かった配達業者と電話した際、頂点に達した。そこで私は方針を変え、家のピアノで曲の練習をし、読みかけだった本の続きを読むことにした。苛立ちは徐々に消え、心地よさが増してきた。

 

無為徒食の身で、生活の理想を追い求めているが、やはり「晴耕雨読」に勝るライフスタイルは無いような気がする。電気やエアコンの類が発明されたばかりに丸の内のオフィス街はいつまでも煌々と光輝き(東京の夜景はブラック企業社畜によって成り立っているという冗談を思い出した)、雨が降って気分がすぐれない日は薬を服用することで人間を生産のバイオリズムに適応させる。

 

無為徒食の日々を続けていると気分が鬱屈とするのは免れない。まるで、伏見稲荷の鳥居の森に迷い込んだような心持ちだ。低気圧と自殺の相関性についても気掛かりだ。しかし、それでも生きていくしかないらしい。生活の技術とは、生活にまとわりつく不快な要素をいかに快に転換するかである気がする。

来週には、仙台へと飛行機で旅立つ。

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