午後の雨

らくがき未満

東京

「自分は何者なのか?」

馬鹿げた問いの立て方だと思う。しかし、問いかけが頭から離れない。

 

自分は島で生活に埋没していた。それは退屈でも、都会に帰ってから思い出せばとてもキラキラと輝いていた。島で炭に火をつけていたことなど嘘のように、すました顔をして、東京のスターバックスMacBookを開いている。本当に、何事もなかったようだ。

 

取り残されたのは、むき出しの自分自身。肩書きやコミュニティの保護が一切ない、都会から遊離した自分だけである。

 

昨日、フランスでドクターを取ろうとしている友人と会った。彼女は東京は居心地が悪くても、トゥールーズは好きなのだ、と言っていた。それに比べて、私は未だ安住したいと思う場所を見つけていない。そのような場所など自分にはないのだと決め付けている。

 

自分の位置を知るためには、起点となる場所がいる。私にとって東京は、そのような場所である。学生の時に思い描いた自分自身と現在とを見比べてみることで、どの方向に進んでいるのかをなんとか把握しようとするのだ。