午後の雨

らくがき未満

私とトム

今、紆余曲折を経て名古屋で働いている。

 

自宅から勤務先へと通勤する際、毎日自宅付近の駅から市街地まで「トム」と一緒になる。「トム」は私が心の中で他人に勝手につけた名前だ。トムの素性は全く知らない。彼は一目見てダウン症だとわかる風貌をしている。

 

日常生活のストレスで潰れそうになったり、人生の喜びをかみしめたりしながら駅で電車を待っている。しかし感情が日によってどれほど揺れ動いていても、トムの目は毎日同じ方向をしっかりと見据えて、落ち着き払っている。私は地下鉄の乗り換えを遅れないようにと早足で動くのに、トムはいつのまにか自分の知らないルートを使って先に地下鉄の電車に乗っている。私が地下鉄の車両に飛び乗る頃に、彼は涼しい顔でカルピスを飲んでいる。

 

ある時、自分の人生に疲れ果て、俯きがちに家から駅まで歩いて行った。その日トムはスーツを着ていた。堂々たる、一流のビジネスマンのような風貌だ。彼は電車に乗っている間じゅう、常にネクタイの位置を気にしながら黒くなった窓に映る自分を見ていた。まるでこれからビジネス上の強敵とテーブル越しに闘うのだとでも言うように。

 

忙しいと、自分のまわりにいる人たちが音を発する動植物に見えてくる。仕事終わりに疲れてカフェで座っていると、前にいる3人組の女性が明るいオレンジ色、緑色、白色の服を着ておしゃべりに昂じているのが目に入る。人参、ブロッコリー、カリフラワーが大げさな表情を作って喚いているのが遠目からもわかる。疲れていると聞こえて来る言葉から意味が剥がれ落ちて、音だけが残る。それがとても奇妙に映る。

 

自然と私の視線は、おしゃべりな野菜たちよりもトムの方に行くようになった。そしていつしかトムは、地下鉄で私を見つけると、車内放送を復唱しながら私のそばによってくるようになった。

 

動く私と、動かないトム。二つの視線が交差するのは、自分たちが独りだからだろうか。通勤中に、空想を膨らましている。

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