午後の雨

らくがき未満

障害者問題について23歳が考えてみる

久々に考え事をしたので、書き留めておく。

最近、身近な人が会社を辞めた。「発達障害」「ADHD」だったそうだ。病院で診断されるまで、自分がそうであるということ自体、彼/彼女は知らなかったらしい。彼/彼女は、診断時に障害者手帳を取得し、今後はその枠で仕事を探すという。そして連絡がつかなくなった。

 

内心、とても悔しかった。というのも、私が見る限り、彼/彼女はいたって普通で、少なくとも「障害者」ではないと強く思うからだ。彼/彼女が自身がそうであることの論拠としてあげていたことも、冷静に考えれば誰でも当てはまりそうなことばかりだ。それなのに、もうそちら側へ行ってしまうのかと思った。

 

そちら側の世界。私はとある福祉施設バイトしていたことがある。施設にはいわゆる「精神(障害)の人」たちがいた。現実問題、実務レベルにおいて施設にとって彼らは操作の対象(object)である。

施設で彼らと交わる経験の中で、様々なことに強い対して違和感を覚えた。彼らのどのあたりが障害なのか?障害(disability)とはつまり病気(disorder)のことなのか?

 

障害者とはつまり、日常生活、社会生活を送る上で、障害(barrier)がある人ということだろう。つまり、社会生活があるから障害者がいる。では、障害者があふれるような社会生活とは、果たして正しいのだろうか。するべきことは新しい福祉施設の設置や障害者雇用促進法の推進ではなくて、社会生活、その大部分を占める雇用、生産体制を矯正することではないのか。

 

低気圧で体調が悪くなる。晴れの日は気分が高まる。人間には、バイオリズムがある。漁師は海が時化っている日は家にいる。凪(なぎ)ているときに大いに漁をする。

もう少しだけ、人間が叫ぶ心の声のようなものを回収した労働の形を真剣に考えるべきではないか。「障害者」がオブフェクトではなく人間であるとの前提に立てば、自ずと答えはどこにあるのかが見えてくるはずだ。

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礼文島、低気圧

朝6時半、町内放送を知らせるチャイムで目を覚めた。「本日は低気圧のため、フェリーが欠航です」。低気圧の影響で、海が大時化なのだ。ここ2週間ほど、低気圧による大雨が続いていた。お隣利尻島では「50年に一度」の大雨、稚内にも避難勧告が出ている。私の身体は低気圧にめっぽう弱いので、悪夢のような日々だった。

 

時化ている海は恐ろしい。通勤途中、灰色の荒れ狂う海を見ながら、飲み込まれてしまうのではないのかと怖れた。島の人たちは津波などこないと言うが、本当のところどうなのかは私にはわからない。ただ、私は東京からここに来て、「諦めること」を知りつつあるのかもしれない。この2週間だけでも、かなりの数の「中止」「欠航」に見舞われてきた。欠航で結構。コケコッコー。そう笑い飛ばせるようになる日も近いのかもしれない。

 

1年前にも同じようなことを書いているが、やはりこんな低気圧の日には、家にこもって普段より少しゆっくり目に淹れたコーヒーを飲みながらジャズを聴くのが一番いい。

 

礼文島まとめ:

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礼文島の夏の終わり

礼文島の華やかな夏はあっという間に過ぎ去り、気がつけば秋の空模様だ。あれほど多かった観光客の姿も減り、島の一番の特産物であるウニ漁もほぼ終わった。

 

夏の間、島の人たちはここぞとばかりに一生懸命働く。一番のかき入れ時なのだ。夏の間は、島じゅうが祭りの状態といっても言い過ぎではないのかもしれない。花火大会も終わり、気がつけば肌寒い。今、やっと、一息ついて島に来てから今までのことを振り返る余裕ができた。夏の間は、楽しむことに精一杯だった。

 

この島で今日も、全力で笑って、感動して、今を生きていた。人生は、寄り道するから楽しい。香深(カフカ)から船泊へ車を運転しながら、ぼんやりと秋の少しだけ荒れた灰色の海を見ていた。

 

夏の礼文島まとめ:

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秋の島

音楽をかけて礼文島を海岸線沿いにドライブしながら、「今、自分は人生の何ページ目にいるのだろう」とふと考える。3ページ目だろうか、それとも30ページ目か。どの部分にしおりが挟まっているのかはわからない。

 

島の空模様はすっかり秋だ。澄んだ真っ青の海の上に、どこまでも秋の雲が広がっている。夜には満天の星空が見える。私ひとりにはもったいないくらいだ。華やかな島の夏が終わって、喪失感を隠せない。美しいものを見ると、その感動の反動か、世俗のものの何もかもが虚しくなってしまう。

傾いた午後の日差しに、無限の孤独の匂いをかぎつける。

 

自分はこの島で何をつかみ、何をつかめないのか。

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とろなぎ

突然だが、「とろなぎ」という言葉をご存知だろうか。「とろなぎ」とは礼文島の言葉で、海面が鏡になるくらい穏やかで波のない状態であるらしい。「とろ」は「とても」、「なぎ」は「しけ」の反対と考えてよさそうだ。

 

この言葉を、島の人に聞いて知った。仕事で面倒を見ている島の小学生の子供達を引率しているときのことだ。私たちは夏休みの子供たちを浜辺に連れて行って遊ばせた。海はきらめき、自然は豊かで、その美しさは言葉にできないほどだ。日差しは強い。私たちは子供たちと談笑し、声をあげて笑い、空はどこまでも青かった。

 

仕事後、いつものカフェに行くと、縄文土器の発掘調査で島を訪れている外国人たちと会った。最近、島で英語を話さない日はない。彼らの考古学や人類学の話も、聞いていて飽きることはない。

 

夏休みは今の仕事では最繁忙期であり、体力的には辛い部分もあった。それにもかかわらず、私は今島の大自然に囲まれて、確かな幸せの中にいた。

 

 

礼文島まとめ:

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礼文島

久々に、スコトン岬のカフェに来てパソコンを開いた。相変わらず、目の前の岬に観光客が定期的にバスで運ばれてくる。今日スコトン岬に来た人たちは気の毒だと思う。今日の礼文島は濃い霧の中にあり、景色など全く見えない。パンフレットなどに掲載された青を期待した人々が今日出会うのは、ただただ白い景色である(現地の人々は「ガスる」という)。岬をバックに記念撮影するように置かれたカメラもひな壇も、全く意味をなさない。人工物を見に行くのとは違い、自然を見るとき、最も重要なのは天気である。

 

先日積丹半島に行ったとき、「積丹ブルー」を見ることができなかった。曇っていたからだ。天気によって、同じ場所でも全く異なった印象を与える。ちょうど、自分の気分や感情によって、見える景色が全く変わってしまうように。

 

 

礼文島に来て、4ヶ月が過ぎた。こちらの夏はとても過ごしやすい。そろそろ、礼文島の次はどこへ行こうかと頭の片隅で考える。

 

どこまでも自由に、流されるように生きたい。しかし現実の重みは、どうやら当分の間私にそれを許さないようだ。特にこれといってスキルの無い平凡な私は、ただぼんやりと霧を眺めて、それを自らの人生に重ね合わせる安直な誘惑としばらく闘っていた。

 

礼文島まとめ:

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札幌

礼文島から都会に帰った瞬間、今までの生活をふと思い出す。

 

礼文島から利尻島へ渡り、寿司を食べ、利尻空港から札幌へ飛んだ。飛行機で雲の上へ上がるたびに自分自身を振り返る。今まで保留にしていた、「これからどう生きていくのか」という重大な問いかけが姿を表す。都会の物理法則が田舎で通じないのと同様、田舎の物理法則は都会では通じない。

 

あてもなく札幌をさまよい、カフェで目的もなく時間を潰す。北海道大学のキャンパスを歩いて、学生を横目に、大学図書館とカフェと家の往復だった自分のニート生活を思い出す。

 

都会は情報過多だ。島暮らしに慣れていると、人の多さに参ってしまう。なぜこんなに狭いところに人が密集しているのか理解に苦しむ。自分自身も数ヶ月前は東京に住んでいたことなどすっかり忘れている。自分は何をしたいのか、どう生きればよいのか、まったくわからない。ただ今は、必死に礼文島での生活に食らいついていくしか無い。

 

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