午後の雨

らくがき未満

雪の夜

ひとりになった途端、夜の恐怖と底の深い寂しさに囚われる。

 

置き去りにされたような感覚、なぜ生きているのかという見たくもない問いかけ。

 

電話越しの女性は、かつて私が書いた小説を読み返したと話してくれた。それは、かつての私のすべてを封じ込めたものだった。

 

自分の思考に耽溺していると、いつのまにか同じような道に捉えられてしまう。自分一人で暮らしていると、いつのまにか似たようなものを似たような調理法で繰り返し食べるようになってしまう。そんな自身の「癖」に、今の私は飽き飽きしている。

 

人生の到達点が見えない。というかまだ、登り始めたばかりなのだ。今夜はベッドの上で踊ろう。

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斜陽

ベッドに横たわりながら、かすかに傾いた夕日を感じる。

 

今この瞬間も、我々は死へと向かいつつある。どんなに楽しい瞬間にも、隣には死がひそんでいる。

 

頭の中には、遠い過去、遠い未来、あるいはあり得たかもしれない別の生活、別の人生に対する強い憧憬がある。それらは決して満たされることのない願望であるが、すべて生きることへの憧憬であって、決して死への憧憬ではない。

 

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秋の終わり、あるいは島生活の終わりの始まり

雨予報に反して、晴れた秋の空だった。もうすぐ綺麗な夕日が見られるだろうが、私はあえて家に止まる選択をした。窓から傾いた陽がわずかに差し込んでくる。

 

島生活も、終わりが近づきつつある。私の頭の中に様々な情景が思い浮かぶ。それらは自分を交点としてからまりあった数々の出来事であり、人々である。

 

礼文島での経験は、<<存在>>をめぐる冒険として自分の内面の奥底を世界に開示するための旅でもあった。

 

いづれ、この経験を何らかの形でまとめておきたいと思っている。

 

 

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人生の寄り道

礼文島から一日をかけて、名古屋に戻って来た。束の間の滞在だ。

 

本屋の中をぐるぐる周りながら、自分の考えの中に没入する。

消費社会の象徴を眺めながら、自分が相手にすべきものを思い出す。

 

自分にとって礼文島での2年間は、人生の寄り道であった。それは、人生という長く深い夢の一部であった。

 

これからは再び都会の片隅で、孤独を飼いならしながらひっそり生きていくことになるのだろう。

 

自分にとって世界は第一に、観照するために存在する。そして第二には、自己の感覚を表現する場として存在するのかもしれない。

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荒野のおおかみ

雨が降る中、家の中でヘルマンヘッセ『荒野のおおかみ』を読了した。

 

今の自分にとって、質の良い文学や芸術は、日常生活から束の間の自由を錯覚させる麻薬のようなものだった。

 

この2年ほど、日常生活、事務室の規則的なチャイムの音に魂を売り渡すことで今いる家や毎月の給料を手に入れる悪魔的な取引の結果である日常生活によって、私は無意味な浪費を強いられていた気がした。

内省するべきエネルギーを、他人の欲求の充足のために振り向けなければならないような日常生活によって、私は自由を奪われていた気がした。

 

3連休の最終日である今日の昼下がりは、文学の助けを借りて、そうした労働させる権力の目をかいくぐって、束の間の内省を手に入れることができた。ゴミを捨てに行く途中に見かけた草の上に落ちた雨粒、ベッドの上に落ちてきた白い羽根のゆっくりした軌道、そのようなものすべてを感じることができた。

 

つまるところ、大切なのは、一流のものを取揃えることよりもむしろ、自分の感受性を最大限に研ぎ澄まし、ささいな日常世界にかすかに香る神の匂いを嗅ぐことである。

 

しかし、現実のせわしない世界の中では、少しでも感受性を研ぎ澄ませば、増幅された強い鉈のようなもので自分自身がボロボロにされてしまう。それゆえ平日私は心の耳を塞ぎ、心の目を閉じ、ただ心の中で縮こまって怯えているのをひた隠しにしながら慎ましく生きているのだ。

 

私の心地よい内省は、近所のおばちゃんが獲れたてのイカを大量に持ってきたことで破られた。他の人同様、そのおばちゃんがなぜ私に厚意をしてくれるのか私にはわからない。私の心の奥底にある弱さというか脆さが、ある特定の人々を惹きつけるのを私は知っている。しかし、それをして私の心の孤独を癒すことはできないことを私は今まで学んできた。私は、弱さと依存よりも、強さと信念を好むようになってきた。しかし、両者はコインの両面である。

 

自身の内に潜む創造性の影を捉えながら、私は今日も誰かの側で生きているのだろう。

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生活と人生、あるいはボケとツッコミ

日曜日の昼下がりに、いつもより丁寧にコーヒーを淹れる。開封したばかりの新鮮な豆をミルで挽くと、匂いが広がる。

島の食材を食べ、登山をして、夜にヘルマンヘッセの「荒野のおおかみ」を読む。私の生活は満ち足りたものであるように思えた。

 

お笑いにはボケとツッコミがあるが、上述の生活は私にとっての「ボケ」である。ボケたままであれば幸せだ。

 

不意に、心の奥の方から「ツッコミ」が聞こえることがある。そのツッコミは、小声ではあるが、幸福な「ボケ」を一瞬で凍らせるような強力な声である。

 

大抵の人はお笑い同様、「ボケ」と「ツッコミ」が調和している、あるいはうまく折り合いをつけて漫才を続けているのだろう。だが私の「ツッコミ」は、漫才を根底から破壊してしまうような場違いで、「空気の読めない」本質的な声だ。その「ツッコミ」のために、私は今までの生活を放棄せざるを得なくなる。

 

最近では、自分はそういう種類の人間なのだと半ば諦めている。私は、自分の人生の目的も知らぬまま、死の直前まで突っ走っていくのだろう。

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「桃岩荘」に泊まって感じたこと

礼文島には、「桃岩荘」というユースホステルがある。「日本3大バカユース」と言われており、その歴史は古く、全国的な知名度は高い。

 

「桃岩荘」は礼文島に住んでいても近寄りがたい存在だ。桃岩荘はただのユースホステルではなく、独特の文化を持っている。毎日彼らは夕日に向かって叫び、フェリーターミナルで踊りながら宿泊者を見送っている。そんな桃岩荘に、関東から来た友人2人と泊まってみた。そのとき感じたことなどを書こうと思う。

 

この施設に泊まって感じたのは、知り合いがやっている障害者福祉施設、「アルスノヴァ」の雰囲気との類似点だ。アルスノヴァは、ただの福祉施設ではなく、障害がある人、ない人すべての人の居場所作りを標榜しており、集まっているスタッフも変わった人が多い。桃岩荘のスタッフは「ヘルパー」と呼ばれており、常連の宿泊客がヘルパーになっているらしいのだが、それらの雰囲気がアルスノヴァと似ている部分があった。

 

「桃岩荘」には半日しか滞在していないため、断定は避けたいのだが、あえて大胆に言ってみると、桃岩荘には「社会からのはぐれもの」のような人々が集まり、独特の雰囲気を形成していた。それはアルスノヴァで短期バイトをしているときにも感じたことだ。そして、私自身はこの「独特の雰囲気」が正直苦手なのだ。

 

私はこの「独特の雰囲気」がなぜ嫌いなのか?1つ目の理由は、その雰囲気の隠された排他性にあるような気がする。「誰でも受け入れる」「どんなことでも理解する」と標榜しながら、実際にはそれらの価値観や文化に少しでも反したことを表現したりすると、たちまち病原菌のような扱いをされてしまう(気がする)。

 

2つ目の理由は、1つ目とも関連するのだが、その「嘘臭さ」にある気がする。「桃岩荘」に泊まった後に私の友人が言っていた一言が印象的だったので、周辺の状況も含めて紹介したい。

 

「桃岩荘」のミーティングの歌と踊りのクライマックスの後、司会進行をしていたヘルパーはこう言った。

「自分が桃岩荘に来る前は、会社員として受動的な生活を送っていた。しかし、自分は桃岩荘に来て、何事も自分で決められるようになった。人生が大きく変わった

それに対して、私の友人は「あいつ(司会者)のやっていることは、結局サラリーマンと同じじゃないか。桃岩荘で用意されたものをそのままやっているのにすぎないのに。というかヘルパーだって雇用されてるんでしょ」と冷めた口調で述べていた。

 

結局私は、両者が持つ「偽物の逃避」とでも言えるような状態に陥った人々に対して嫌悪感を抱くのだと思う。そう言う人ほど、自分の立場(自分が属している特殊なコミュニティの教義)を熱心に説明し、それを受け入れない人々を攻撃する傾向にある気がする。

 

どんな思想を持つのも自由だと思う。単純に、私はこれらの存在形態が受け入れられないだけだ。にもかかわらず、それらの特殊なコミュニティに一定の関心を持っているのは、私自身が抱える問題(閉塞感、空虚さなど)の答えのヒントになる部分をそれらのコミュニティが有しているように感じるためだと思う。言ってみればそれらのコミュニティは、私にとっては社会の間違った別解なのである。

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