午後の雨 / Rain in the Afternoon

らくがき未満 / less than sketches

Questions about “meaning of my life"

What is a question recalled when we close our eyes?
 
One of them is the question about meaning of our lives, everyone may think it once.
Actually, when we walk around a city, we can easily find advatisements that tell you “I'll teach you your meaning of life” by new religions.
 
Behind of the question, there is a feeling or an anxiety that we have no meaning to our lives.
 
“Meaning of my life” has 2 aspects. (1)meaning of my life for groups(society/family…etc) (2)meaning of my life for myself.
 
I think the most important aspect is (2), because It’s radical and difficult to prove by logic.
Proving the meaning of my life by using myself is impossible, or becoming tautology.
 
In my case, when I was an undergraduate student, I thought too much about (2), then I got sickness.
Finally, I found a strong conviction that “I feel, therefore I am.” and “Live a Life is expressing myself or environment”.
Hence, I could have come back to my daily life.
 
Or, I also think it is not important to answer the question.
 
We are the one who have our own empty bottles.
Bottles distinguish inner/outer, but no contents exist.
 
What we put in the bottle is a category of our freedom.
 
It may be a severe winter of the north island, passionate sex without reason or everything you want to put in.
 
Finally, contents of bottles will disappear, nothing will be left.
There will be empty again, I think.
 
Near the campus of my university, there is a statue of budda.
Under the statue, it is written:
 
涅槃静寂
 
I’m not buddhist or researcher of buddhism, so I only enjoy interpreting
by myself.
They are meaningful words, I think.
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「生きる意味」について

目を閉じると、我々の前に現れる問題とは何か。

 

そのうちのひとつ、おそらく多くの人が一度は考えたことがある問題、それは自分が生きる意味とは何か?という問いかけである。

実際、街を歩けば「生きる意味を教えます」という類の文言を掲げる宗教団体を見かける。

 

その問いの裏側には、自分が生きる意味などないのではないか、あるいは自分が生きる意味を感じていないという背景が潜んでいる。

 

「自分が生きる意味」とは大別して、(1)「自分が生きることによって社会(あるいは家族等、自分を含んだ/含んでいない複数の人間)にどのような意味がもたらされるのか?」という社会視点での問い、(2)「自分が生きることによって自分自身にどのような意味があるのか?」という自分視点での問いに分けられるだろう。

 

このうち、根本的、根源的な問いかけは(2)の方であると思われる。なぜなら、自分の存在を支えている「意味」を論証するために、自分を使わなければならないのは、不可能であるかあるいはトートロジー(A=Aなど)に行き着くのかのどちらかであるためだ。

 

以下では、(2)の場合について述べる。

 

私自身、学部時代に答えの出ない問いかけに陥ってしまい、精神的に参ってしまった時期があった。しかし私は、小説を書き上げることにより、「我感じる、故に我あり」という確信の上に、「生きるとは表現することである」という命題を打ち立て、自身の内側で強い確信を持つに至った。確信の光によって、虚無から抜け出したのである。

 

また、極北の離島生活を経て都会に戻った現在、「生きる意味」などはさして重要ではないようにも思える。

 

我々は、空のボトルを持って生まれてきた存在である。ボトルは世界の内側と外側を明確に区分するが、中身は空洞である。

 

その中身に何を入れるのかは個人の最高の自由の範疇に属する。

 

絶え間ない離島の厳しい大嵐、理性をまったく失った情事、その中に何を入れるのかはその人自身による。そして中身はいつのまにか消失し、残るのは「空」であり「無」であると私は思う。

 

大学の近くに一風変わった仏像がある。その下には例によってこう書かれている。

 

諸行無常

諸法無我

涅槃静寂

 

私は仏教徒あるいは仏教学者ではないので、自由な解釈を楽しむことにする。

なかなか味のある言葉であると思う。

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想像力

想像力とは、恐ろしいものだ。

 

自分を天高く飛ばすこともあるが、奈落の底に突き落とすのも想像力だ。

 

私の想像力は、私にとってはまったく外部にあり、自分でコントロールすることは不可能に近い。そのリヴァイアサンは、何かを引き金にして、「不安」というガソリンを喰いながら巨大化する。一度増幅しはじめたら、まるでマルクスが考えた資本蓄積のように、止まらない。

 

特に夜は酷い。そんな日には酒ではなくてココアを飲んで落ち着けることにしている。それでもダメなら抗不安剤で抑えるしかない。

 

島とは違う、都会の厳然とした巨大なシステムの前で、私はあまりにも無力である。それは精密な機械であり、工場も、大手町のオフィス街も、同じ「生産」の時計、つまりは自分の時計ではない、他者の時計によって動いている。自分自身は破壊されそうになる。それを見て見ぬ振りをしながら作り笑顔をしなければならない。

 

過労死はきっと、なくならないだろう。それは工場におけるエラーと同じことである。生産のために人は時として命を失う。残念ながら人類はまだそれを乗り越えられていない。服やiPhoneを作るために、人の命がなくなるのだ。

 

ただ、自分自身に考えると、共同体にとってあまり必要のないもののために死にたくはない。そう考えると、一次産業、二次産業、三次産業とは「尊さ」の順番であろう。食べ物がなければ生存はできないが、スマートフォンがなくてもただちに死ぬことはない。

 

無力感が、現代病であると言われて久しい。書いたら楽になったのか、薬が効いてきたのか、今日はもう寝ることにする。

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書くことについて

書くことは、対立することなのかもしれない。

書くことを通して、自分自身や、世界と対立し、乗り越えて形にする。

 

大学院に入学し、修士論文を書くにあたって、早くも壁にぶち当たっている。

その「壁」はいくつもあるのだが、その壁の一番大きな部分はやはり「書く」ことそのものに内在するものだろう。

 

研究という営みを通して、自分の価値観が問われるのが社会学であるらしい。

自分は誰で、どういう価値観のもとにどういう問いを立てるのか。

 

学部の時から、いちいち立ち止まって考える性分だった。

 

20歳になったときはじめて「死」を意識して、生きるとは何か、死ぬとは何かを全身を使って考えた。

 

就活が迫れば仕事とは何か、社会とは何か、考察を重ねて、結果大学院で社会学を専攻することになってしまった。

 

「書く」とは不思議な営みだ。そして、唯一確かなのは、その営みの魅力に取り憑かれている自分がいるということだ。

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考え事

礼文島から帰還して、数週間が経った。

 

大学院の授業までにはまだ間がある。その間、近所を散歩しながら自身の生き方等について考えた。思いついたことを、論理性を無視してとりあえず書いてみる。

 

--

自分は変わる。社会も変わる。

しかし、自分の変化はある程度コントロールできるのに対して、社会の変化の方はほとんどなにもできない。

 

ある時代のある時点で、時代あるいは社会が個人に要求するものは、別の時代の別の時点ではまったく要求されなかったりする。

 

個人を巡る社会的な立ち位置や人間関係などの制約はあれども、個人の生き方、特に個人の意識というものは、基本的には個人のコントロールの範囲にある。この認識こそが、近代の基礎であり、守らなければならない「自由」であると思う。

 

世の中には、規範的意識への志向が強い人間と、創造的なものへの志向が強い人間の2タイプが存在すると考えている。あるいは、この2つの傾向は個人の中にもあるだろう。

 

規範的人間は、昨日のものを今日へ、今日のものを明日へと繋ぐ。創造的人間は、どこからともなく持ってきたアイデアを用いて世界を変革する。規範的人間と創造的人間は、肌感覚では9:1程度であり、両方が手を携えて社会を維持しているのだろう。

 

私自身を鑑みたとき、自身が望んでいるのは「変化」の方である。自身を突き動かしている衝動は知的好奇心であり、それこそが人類を進歩へと導いた秘密の鍵である。

 

遺伝子操作、人工的な生命など、技術は不可逆である。一度知ってしまえば、知らなかったことにはできない。

 

社会、あるいは行政が住民に提供できるものは、最大公約数的なものである。そこでは政策の対象者は「子育て世代」「年収200万円以下の世帯」「障害者」などの大きなカテゴリーで理解されている。よって、統計的には外れ値に対応するような人間は、どうしても手が回らない。

 

しかし、4Lサイズの人間が、Sサイズの服を我慢して着る必要はないと思う。

そんな服は破ってしまって、自分に合う服を作れば良いのだ。

 

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春、桜

礼文島に移住する前、名古屋城近くの公園で桜を見た。

そのあと、島に移り住んだ最初の日、雪が降っていたのを鮮明に覚えている。

 

今日、2年ぶりに同じ場所で桜を見にいった。

島から帰ってきてからは1週間が経つ。

 

自分の中で、ひとつの物語が終わった気がした。

 

そして、名古屋生活という新しい物語を予感した。

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違和感

礼文島から去って1週間が経った。

もうすっかり名古屋は春の匂いがする。先週まで礼文島にいたなど嘘のようだ。

 

歩きながら、考える。
自分は20歳の時、何を感じたのか。


何を追い求めていたのか。
なぜ礼文島に行ったのか。

 

20歳の時に三田キャンパスで感じたもの、
それは「違和感」である。

 

対象は、都会なのか、日本なのか、世界なのか、個人なのか、社会なのか。

 

違和感を覚えているのは自分だけなのか、他の人もなのか、若者だけなのか、全世代的なものなのか。

 

とにかく、対象もイデオロギー的にも何もわからない「違和感」を強く覚えていて、それは基本的には今も変わっていない。

 

そして、それを「言葉」にすること、それこそが私を礼文島に連れて行き、学問の道へと駆り立てたのだ。

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